2013年12月18日水曜日

「ソニー」の93言語対応フォント開発プロジェクト『SST Type Project』:企業イメージに不可欠な「デザイン」と変化する「デザイン」の役割


ソニー「SST」フォント開発・プロジェクト・タイプ・デザイン1
『SST Type Project』特設ウェブサイト

長期間にわたる開発プロジェクトを経て、「ソニー」のオリジナルフォント『SSTフォント』が発表されました。このフォントを初めて見た時、私はデザインクオリティーの高さと、93言語に対応したことに驚かされました。特設サイトでは、開発プロジェクト『SST Type Project』の詳細が明らかになっています。

ウェブサイトには、
商品の小型化が進み、ハードウェアに記載される文字が小さくなる一方で、スマートフォンやタブレットなどディスプレイでの体験が主役に変わりつつあります。こうしたハードウェア上の表記はもちろんコンテンツを快適に楽しむ上で、文字の読みやすさはとても重要です。また、「フォント(書体)」の印象は商品のイメージだけでなく体験そのものに影響を与える大切なデザイン要素。ソニーが提供する商品そのものの価値や体験の質をさらに高めるためには、フォントのデザインにこだわる必要があると考えました。また、ソニー独自のフォントを開発することで、広告やwebサイトだけでなく、店頭でのプロモーション、商品、サービス、取扱説明書に至るまで、ユーザーとのあらゆるタッチポイントでソニーならではの共通の感動体験を提供できるはずです。こうして、ソニー全体で使うためのコーポレートフォントの開発プロジェクトが始動しました。
とあります。

そして実際にフォントをつくるにあたり「ソニー」が目指したのは、「硬質感と可読性の両立」で、「シャープさを残しながらも可読性の高い書体」です。
その結果として、「Helveticaの硬質感」「Frutigerの可読性」という2つのフォントのエッセンスを抽出し、「Frutigerの高い可読性」「Helveticaのようなシャープな骨格」という相反する要素を融合させたそうです。(ちなみに「Helvetica」は、今までソニーが多く使用してきたフォントで、「Frutiger」は、標識用に開発され、高い可読性を持つフォントです。)

今回のフォント開発プロジェクトでの最大のポイントは、93カ国語に対応したオリジナルフォント『SST』をつくることにより、「ユーザー体験そのものをデザインすること」です。『SSTフォント』の完成により、世界中どこでも、どのようなデバイスでも、同一のイメージとメッセージ、ユーザー体験を受け取ることが可能となりました。また、ボーダーレスになったことで、国や言語に左右されない一貫したブランド構築ができることは、このプロジェクト最大のメリットであると言えるでしょう。


Sony Japan | Sony Design | Design Projects | SST Type Project
『Sony Design × Monotype』
福原寛重さん(ソニー株式会社クリエイティブセンター・チーフアートディレクター)と小林章さん(ドイツ モノタイプ社〈前ライノタイプ社〉・タイプディレクター)のインタビュー

「ソニー」サイト内のコンテンツ『デザイン』ページでは、早速このオリジナルフォント『SST』を使ったページが美しくデザインされていました。「クラウドフォント」として使用することで、指定した『SST』が、画像ではなくテキストとして表示されています。(クラウドフォントとは、インターネットを介してフォントを配信し、ウェブブラウザで表示させる仕組みのことです。閲覧する側のデバイスに指定されたフォントが搭載されていなくても、制作側で指定したフォントが表示されるものです。)

今回の「93言語対応のフォントをゼロからつくる『SST Type Project』」が遂行されたことにあたり、どれだけ膨大な時間と手間がかかっているのかは想像に難くなく、ソニーの底力を見せつけられたような思いがしました。主要なデバイスの変化は、今回のフォント開発にとって、大きなきっかけの一つであることは疑いようはありません。

しかし、もう一歩踏み込んでみると、ユーザー体験の優先順位がアップルの躍進以後飛躍的に高まったことや、ユーザー体験そのものが、イメージ構築に大きく関与していることが再発見されているからでしょう。

ユーザー体験が注目されるようになったのは、アップル以前にアマゾンのレビューなどのインターネットがもたらした「クチコミ文化」ではないか、と思います。「その筋の大家」ではなく、一般ユーザーが実際に購買してみての感想が、ソーシャルメディア時代よりもはるか以前に重視されるようになり、企業も宣伝だけではなく、サービスや商品の品質を上げることなどに注力するようになりました。

デザインは確かに企業イメージに大きく影響します。しかし、以前、考えられていた見た目のイメージ作りとは違ったカタチ、問題解決や使用感といった領域において、デザインは企業イメージに影響を及ぼしていくことになりそうです。そしてデザインの失敗は、コミュニケーションの失敗と同義となる時代になっているのかもしれません。

こう考えていくと何故、ソニーが大変な労力を払ってオリジナルフォントを開発しなければならなかったのか、が見えてくると思います。今後この『SSTフォント』が、世界中のソニー製品や広告等でどのようにデザインし表現されるのか、これからのソニーの展開を楽しみに注目していきたいと思います。


グラフィックデザイン:DESIGN+SLIM





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2013年12月11日水曜日

ジェイアール東日本都市開発『2k540 AKI-OKA ARTISAN』:「結ぶ」ための企画と「つなぐ」デザイン


「2k540 AKI-OKA ARTISAN」ロゴデザイン

『2k540 AKI-OKA ARTISAN(ニーケーゴーヨンマル アキ・オカ アルチザン)は、JR秋葉原~御徒町駅感の高架下にある「ジェイアール東日本都市開発」が運営している商業施設です。2010年12月10日にオープンしてから、今年で3年を迎えました。

この商業施設が面白いのは、従来の商業施設とは異なり、「ものづくり」を行うクリエイターが、工房と一体となった店舗を構え、全く新しい形で運営されている点です。また、決して立地が良いとは言い難い「高架下」という場所を活かすことにより、独特の雰囲気を持った趣のある空間にリノベーションされていました。2011年には、施設が「グッドデザイン賞」も受賞しています。

「2k540 AKI-OKA ARTISAN」建築デザイン

ウェブサイトには、
かつて御徒町周辺は、江戸の文化を伝える伝統工芸職人の街でした。現在もジュエリーや皮製品を扱うお店が数多くあり、職人の街の印象を残しています。けれども昨今、時代とともに、変化する人々の感性やセンスが望むものに対して、満足な答えを用意出来ていなかったのではないでしょうか。
このところ、東京の東エリアがおもしろくなってきています。ギャラリー、工房、カフェ、ショップなど、角度の高いセンスとクオリティをもった人々が東エリアに移りはじめているのです。この流れを背景に「ものづくり」をテーマとした施設が、御徒町エリアに登場します。工房とショップがひとつになったスタイル、ここでしか買えない商品、ものづくりの体験が出来るワークショップなど、さまざまな個性あふれるお店が集まります。
単にモノを売るだけではなく、生活スタイルの提案ができるお店です。
御徒町エリアは、「職人の街」から「2k540 AKI-OKA ARTISAN」として生まれ変わります。
とあります。

「2k540 AKI-OKA ARTISAN」ショップデザイン
日本百貨店

コンセプトは、
・新たな人の流れをつくる
・「結ぶ=Link」をテーマに有効利用
・人とヒトを「結ぶ」…> 社会貢献活動の拠点となる
・過去と現在を「結ぶ」…> 高架下の新たなブランド価値を創出

ということで、「ものづくり」を中心とした「ヒト」と「場所」について、大切に考えられた施設になっていました。「ものづくり」をベースにした様々な広がりと可能性も感じられます。

「2k540 AKI-OKA ARTISAN」カフェデザイン
やなか珈琲店

近年、東京の東エリアには『2k540 AKI-OKA ARTISAN』をはじめ、クリエイターが集うギャラリーやショップが多数オープンしています。どこもオリジナリティある店舗づくりが施されていて、「ここでしか買えない商品」や、「ここでしかできない体験」は、価値あるものになってきました。

大量生産ではない「ものづくり」は、お金も時間もかかるものですが、似たようなショップやチェーン店が増えている今、「この人から買いたい」や「この体験を持ち帰りたい」という想いは、益々大切なものになっていると感じます。

「つくり手の顔が見える」というのは変わる事なく大切で、こうして交流できる「ヒト」と「場所」の重要性を、ネットが主流になった今、改めて感じることができました。『2k540 AKI-OKA ARTISAN』は、それらを実現したカタチのひとつとなっています。

「2k540 AKI-OKA ARTISAN」カプセルトイデザイン
カプセルトイ(ガチャガチャ)の自販機も
施設に合ったものになっていました。

情報を無批判に鵜呑みにするのではなく、本当に必要とされているもの、本当に大切な事を商品やサービスにして提案する為には、考えを徹底的に突き詰めなければなりません。
その結果としてデザインは生まれてくるものであり、だからこそ、「デザインは問題解決の手段」となるわけです。

『2k540 AKI-OKA ARTISAN』は、「結ぶ」という事にフォーカスした企画ですが、プロのデザイナーであればそこで提案される「商品」や「体験」や「サービス」というコンテンツだけではなく、企画された方のコンセプトというカタチの見えない概念にこそ、注目しなければならないと思います。

「こういうコンセプトなんだけど、それをどうカタチにしていいのかわからない。このままでは」という問題に対してカタチを示す事、サービスや体験というカタチのないものに対して、わかりやすいカタチを作って企画者と顧客をつなぐ事もまたデザインの仕事なのです。


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グラフィックデザイン:DESIGN + SLIM

2013年10月16日水曜日

『DTPの勉強会 第11回』:画像補正入門&Tips集

『DTPの勉強会 第11回』に参加してきました。
今回のテーマは「DTPerのための画像補正入門&Tips集」です。

☆スピーカー
藤本 圭さん(TwitterID:@kei_takephoto
浅野 桜さん(TwitterID:chaca21911
  印刷会社デザイナーを経て、現在は消費財メーカーにて
  自社製品の通信販売に関する企画制作業務全般を担当。
村上 良日(やも)さん(TwitterID:yamo74
  勉強会スタッフ。フリーランスのレタッチャー。blog:やもめも

★DTPerのための画像補正入門&Tips集

 1. 絶対知ってほしい色調補正のルール(藤本 圭)

 2. DTPerのための、すぐに役に立つPhotoshopTips集

 ■ 藤本 圭 TIPs集
  01. ブラシサイズコントロールにフィジカルコントローラーの活用
  02. 使い道が全くないTips
  03. べた塗りカラーで簡単にカラー効果をかける
  04. 画像を白黒にする
  05. グレイッシュに仕上げる
  06. カラー情報と濃度情報を分けて色調補正
  07. shit+ +キーでレイヤー描画モードを変えて効果を比べる
  08. 表示部分をスタンプ&現在の画像から新規ファイルを作る
  09. 美しく流れる髪の毛を描画する
  10. 理想的な顔の形を調べる
  11. ワークスペースを保存する
  12. メモリの容量と画面の表示速度を設定する
  13. 明るさの最大値フィルターで夜景を幻想的に(CC新機能)

 ■ 浅野 桜 TIPs集
  01. 環境設定(1)フリックパン/ダークUI
  02. 環境設定(2)レイヤー周り/「~のコピー」とつけない
  03. 数値入力で正確な位置にガイドを一発で引く
  04. マウスを使わずブラシサイズやカラーを変更する
  05. シェイプやブラシのプリセットを整理して日常作業を効率化
  06. グラデーションツールだけで集中線を描く
  07. グラデーションマップとレイヤーで効率よく色変換
  08. レイヤースタイルの「ブレンド条件」でラフでの切り抜きを省略
  09. スキントーン選択で女性の肌を一気になめらかに
  10. 混合ブラシツールでなぞるだけ。簡単ファンデで毛穴レス
  11.「Photomerge」を使ってパノラマ写真を作る
  12. CCの新機能、Camera RAWフィルタ
  13. Photoshop上で生成したオブジェクトがボケないようにする
  14. 便利になったシェイプ&ストロークオプション
  15. 新しい切り抜きツールで修正しやすいデータを作る
  16. 画像を切り抜きながら傾きも同時に補正する
  17.「コンテンツに応じた拡大・縮小」で足りない部分をサクッと補う
  18.「フィールドぼかし」で選択範囲を作らずにまとめてぼかす
  19. フェードの活用で微調整も時間短縮
  20. 直しに強いスマートオブジェクト
  21. ベクトルスマートオブジェクト
  22. レイヤーグループ全体にレイヤースタイルがかけられる
  23. 画像アセット機能でスライスから一歩進んだ画像書き出し

 ■ 村上 良日 TIPs集
  01. Bridge使ってますか!!
  02. 素早い操作のためにショートカットを編集しよう 
    ( 1. ショートカットを削る&足す)
  03. 素早い操作のためにショートカットを編集しよう 
    ( 2. トーンカーブをショートカットキーで素早く繊細に)
  04. 素早い操作のためにショートカットを編集しよう 
    ( 3. チャンネル読み込みのショートカットで繊細な色補正)
  05. 補正の役に立つレイヤー効果の使い方
  06. CCの腐った解像度パネルを使わずに解像度変更
  07. 総インキ量(TAC値)をプレビューしながら調整する

『画像補正入門&Tips集』では上記のように、かなりの数のTipsを紹介されました。スピーカー3名の方の「業務内容の違い」からくる「アプローチの違い」が、良い具合にコントラストになっていて、とても印象深い勉強会となりました。

藤本さんは、ブライダル関係のクオリティ高い写真を扱う事が多く、ある程度の「時間をかけて最高の仕上がりを目指す」というもの。

浅野さんは、印刷やウェブなど、あらゆるものに素早く対応する必要があるので「流用と修正に強く、時短で仕上げる」というもの。

村上さんは、写真撮影と印刷全般に精通しているので、「撮影と印刷を踏まえた上で、各種レタッチを行う」というもの。

いずれのケースも求められる条件が明解です。これもスピーカーの方々がクライアントの要望を適確に把握しているからでしょう。技術的な事を言えば、補正ひとつをとってみても状況や要望に応じて様々なやり方があり、そこが面白いところです。

また、実物に近い「正しい画像」「理想の画像」は違うこと、補正にはこれといった正解がないことをきちんと認識した上で、最終的にどのように仕上げるのか、という「目的を明確にする」必要性を改めて強く感じました。

印刷やウェブなど、それぞれのアプローチがある中でも共通しているのは、質問の中で藤本さんが回答されていた「絶対評価ではなく、相対評価。」「どちらに転んでも大丈夫なデータ制作。」というものです。このさじ加減とバランスが一番難しいところかもしれません。

現在はカメラマンだけでなく、デザイナーやオペレーターが画像の補正をする機会が多々あります。デジカメの普及により、素人が撮影した画像を補正し、使用することも増えてきました。デザインやDTPにおいて、画像補正は益々重要なものとなっています。
また、写真を扱う様々なソフトの機能も向上しました。以前はかなり時間を要した作業も、あっという間にできてしまうものがいくつもあります。このように定期的に新機能を確認したり、やり方を見直してみるのに、今回の勉強会はとても有意義なものとなりました。
そしてそれらすべての出発点は、クライアントの言葉に丁寧に耳を傾ける事であり、技術は求められる要望を最良のカタチにするためのツールである事は言うまでもありません。便利なTipsを覚えて身に付ける事は、それ自体が仕事のクオリティーを自然と上げてくれます。
今回の勉強会でスピーカーの方々が惜しげもなく公開されたTipsのその先に、私はスピーカーの方とクライアントの親密なコミュニケーションや、追い求めた仕事の理想像に思いを巡らせずにはいられません。

下記2冊の書籍は最近読んだものですが、とても参考になったのでご紹介です。以前は数ページにも渡って紹介されていたようなテクニックが、今は見開き程度の分量になっていて、役立つのと同時に感動も覚えました。
『Photoshop 10年使える逆引き手帖』(藤本圭 著/ソフトバンククリエイティブ)
今回のスピーカー・藤本さんの『Photoshop 10年使える逆引き手帖』(藤本圭 著/ソフトバンククリエイティブ)です。ベーシックから応用まで、必要に応じてテクニックを確認することができます。

『神速Photoshop グラフィックデザイン編』(浅野桜・石嶋未来・加藤才智・服部紗和・ハマダナヲミ 著/アスキー・メディアワークス)
今回のスピーカー・浅野さん共著の『神速Photoshop グラフィックデザイン編』(浅野桜・石嶋未来・加藤才智・服部紗和・ハマダナヲミ 著/アスキー・メディアワークス)です。新機能の紹介をはじめ、103の時短テクニックが掲載されています。

DTPの勉強会【DTPの勉強会第11回】(2013年10月12日開催)

前回参加した『DTPの勉強会』の記事はこちら

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グラフィックデザイン:DESIGN + SLIM

2013年10月9日水曜日

岡山電気軌道の路面電車『MOMO』:インダストリアルデザイナー「水戸岡鋭治」が実現した公共交通機関


水戸岡鋭治デザインの路面電車『MOMO』
岡山市内を走る岡山電気軌道の路面電車に、2002年『MOMO』という水戸岡鋭治さん(インダストリアルデザイナー)デザインの新車両が導入されました。『MOMO』は、次世代の路面電車といわれる「LRV(ライト・レール・ビークル)」で、超低床型のドイツ製台車を使用し、車椅子での乗車も楽にできるようになっています。また、従来の車両に比べてかなり静音でスムーズな走行が可能です。

岡山電気軌道 路面電車『MOMO』車両デザイン
シルバーとコバルトブルーの未来的なデザイン。

『MOMO』は外観・内装、共に非常に考え抜かれてデザインされています。特に内装は、座席やテーブルだけでなくフロアにも天然木が使用されており、従来の電車にないこだわりが見られます。また、広く大きくとった窓からは自然光が入り、明るく開放感に満ちていて、今まで経験したことのない視野が広がっているのが新鮮でした。

岡山電気軌道 路面電車『MOMO』車内デザイン1

岡山電気軌道 路面電車『MOMO』車内デザイン2

岡山電気軌道 路面電車『MOMO』車内デザイン3

岡山電気軌道 路面電車『MOMO』運転席デザイン

水戸岡さんの言葉に、
『公共施設や公共交通機関など、公のものは最高のデザイン、最高の素材でなければならない』
というものがあります。なぜならば、人々は誰もが触れる公共のものからデザインを学び、とりわけ子供たちはそういったものに触れることによって美意識や価値観が作られる、と考えているからです。『MOMO』は、そういう考えをきちんと反映したものになっていました。

もともと『MOMO』導入に至った経緯は、岡山の市民団体「RACDA(路面電車と都市の未来を考える会)」が、中心市街地の空洞化、慢性的な渋滞、多発する自動車事故など、様々な問題を解決するために、岡山県出身のデザイナー・水戸岡さんに依頼したのがきっかけです。

地方都市は、車なしでの生活は考えにくいのですが、欧米の一部都市では、それら都市問題の解決策として、路面電車やバスなどの公共交通機関を復権させている例があります。
例えば、ポートランドには「MAX」という路面電車があります。
「MAX」『MOMO』と同タイプで、ホームと電車の床の高さが同じノンステップ車両です。こちらは車椅子はもちろん、折りたたみ式ではない通常の自転車を持ち込むことも可能です。

超低床型のノンステップ車両『MOMO』
超低床型のノンステップ車両。車椅子での乗車も楽にできる。

地方都市では、学校や職場に最寄り駅がない場合、日常の生活に電車を利用しないことがほとんどですが、『MOMO』の車内では定期的にイベントが行われ、誰でも参加し乗車できる機会を作っています。延伸・環状化の実現には、事業計画や事業資金の調達など、クリアしなければならない問題も多数ありますが、『MOMO』には都市部の公共交通機関としての新たな可能性を感じています。

 ※追記:写真はすべて『MOMO2』です。


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グラフィックデザイン:DESIGN + SLIM

2013年10月2日水曜日

安藤忠雄設計の『UCHISANGE SQUARE』:信用金庫の本質、これからの豊かさを形にするデザイン、ソーシャル・キャピタルについて。


安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』外観
『UCHISANGE SQUARE』外観

金融機関の店舗・施設のイメージは信用とセキュリティを強く打ち出したものが多く、頑(かたくな)な印象が一般的なものだと思います。資産の運用サービスが主な取り扱い商品となりますので、華美である事は信頼を損ないますし、かと言って一昔前にもてはやされた「緩さ」は、セキュリティなど諸処の面で適切には思えません。信頼感やセキュリティといった「重過ぎる優先事項」が重石となって、金融機関一般のデザインが無味乾燥になるのはある意味、必然と言えます。

そんな必然の中にあって、今年4月8日にオープンした、安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』(おかやま信用金庫・内山下支店)は、今までにない新たな店舗の形態を打ち出しました。

金融機関の持つ既存の無味乾燥なイメージから解き放たれたような、「銀行らしさ」を裏切る建築は、
「これまでの金融機関のようなセキュリティー重視の閉鎖的な建物ではなく、地域に開かれた、全く新しい店舗をつくってほしい」
という依頼のもとに設計されたもので、今まで「常識」と信じられてきた事をもう一度見つめ直す、勇気あるチャレンジです。

金融機関はお客様の大切な財産をお預かりしている場所ですから、本来であれば、用のない人にウロウロされるのはあまり歓迎すべき事態ではないと思います。私自身、そんな懸念があったので念の為、従業員の方に見学を申し出たのですが、迷惑がられるどころか、係の方が丁寧に案内してくださいました。

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』入口横のサイン
入口横のサイン。

■本質的なミッションを見つめ直す

「信用金庫は、セキュリティー重視の閉鎖的な建物ではなく、地域に開かれた店舗でなければならない」
というミッションを会社組織としてどれだけ重要視していて、そこで働く従業員の方々もその意味を共有されているか、これだけでもよくわかると思います。つまり、豊かな資金にモノをいわせて「著名建築家・安藤忠雄」に店舗設計を依頼したのではなく、「信用金庫は地域に開かれたものであるべき」という本質的なミッションを達成する為に「安藤忠雄」の力が必要だったという事なのです。

店舗内は蛍光灯のパキッとした光だけではなく、ヨーロッパの人が「禅を感じる」と評価する安藤忠雄さんらしい、自然光をスリットから取り入れた、落ち着きを感じられるような作りになっています。ここはお客様が投資や資産運用など、自分の生活や将来について相談する大切な場だからこそ、リラックス出来るように、という配慮が感じられます。

2Fにはセミナールームとして使用できるスペースもあり、定期的に説明会などのイベントも開催されていました。こういった人が集まる場を用意する事によって、店舗を訪れる機会も提供しているわけです。
(もちろん通常の銀行としての利用もありますから、1FにはATMや窓口も設置されています)

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』1Fギャラリー
ライン照明が使われている「1F ギャラリー」

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』店内

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』店内

今回の「おかやま信用金庫・内山下支店」の試みは、ただ新しく綺麗な店舗を造るだけでなく、店舗の在り方をアップデートしたものです。『UCHISANGE SQUARE』には、既存の概念やシステムを見直す事の重要性を強く印象づけられました。このような時代に、巨額を投じてこのような店舗をオープンさせる事に、企業としての決意と意気込みを感じました。

■ソーシャル・キャピタルという概念

ソーシャル・キャピタルという概念があります。
個人の所有する財産、「ヒューマン・キャピタル」に対して、社会的な財産、共同体の財産の事です。大雑把過ぎるなんていう言葉では足りないくらい大雑把に、この話題に絞って規定してしまえば、「多くの人がわいわいがやがやと交わるコミュニティは価値が高い」という事です。「豊かさ」について考察する時に今までのように「個人が所有するヒューマン・キャピタル」だけに注目するのではなく、「ソーシャル・キャピタル」の面からも考えてみる。それがこのような時代だからこそ必要な視点と言えるかもしれません。
そして、金融機関でそれが出来るのは大都市のメガバンクではなく、地域に根付いた信用金庫の特権かもしれません。「地域に根付いた地方の信用金庫」というと、なんとなく地味な感じを持たれるかもしれませんが、私は過去に金融機関の一店舗のオープンに100人を越える人々が見学に訪れた、という話を聞いた事がありません。マーケティングは、現在まで成功していると思いますし、「おかやま信用金庫」という企業が掲げ、安藤忠雄さんが共有したミッションの真摯さと、困難を克服した店舗の設計・デザインに、私は感嘆しました。問題や不安はもやもやとした曖昧な概念で、それら問題点や不安の解決に求められるのは、具体的な設計(デザイン)なのですね。

訪問した日は曇天で、うっすらと柔らかな光に包まれたような気配が絶妙でしたが、晴天の日であれば、自然光を取り入れた室内と緑溢れるテラスは、また違った表情を感じさせてくれると思います。外観周りの植物は植えられたばかりで、これから木々が育ち建物と調和してくると演出された「華美」ではなく、存在そのものが美しい『地域の財産』になるのだと私は想像します。
「豊かさとは何か」、「ブランディングについて」、「これから先、何を取捨選択して育んでいくべきなのか」と色々な事を考えさせられる、実り多い体験になりました。

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』2F ルーム1
吹き抜け越しにルネスホール(旧日銀岡山支店)が見える
「2F ルーム1」。ルネスホールも敷地の一部と考え、
その魅力も最大限引き込むように設計されている。

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』2F ルーム3
グレーを基調とした「2F ルーム3」
水平スリット窓から自然光が入る。

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』4Fラウンジ
スリット窓から自然光が入る「4F ラウンジ」

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』4Fラウンジ

安藤忠雄設計『UCHISANGE SQUARE』屋上テラス
最上階の「屋上テラス」
2階から4階へは外の螺旋階段でつながっている。


おかやま信用金庫 | トップページ

前回の「ブランディング」に関する記事はこちら
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グラフィックデザイン:DESIGN+SLIM

2013年9月24日火曜日

『Bing』の新ブランドデザイン +「フラットデザイン」は必然。


新しい「Bing」のブランドデザイン
The Bing JP Blog / Bing日本版公式ブログ

「Microsoft」の検索サービス、『Bing』ブランドデザインがリニューアルされました。そのデザインの過程が記された「Bing日本版公式ブログ」の記事が、興味深い内容となっていたので、メモを兼ねてのまとめです。


 ●『Bing』の使命
  • 「検索がもたらす価値とは何か?」「ユーザーが必要としている事柄は何か」を明確にし、その事柄についての洞察を含んだ情報を届ける。
  • ユーザーが必要とすることを、必要とする方法で提供する。
  • 『Bing』は、開発当初から、「検索を通じてユーザーに目的を成し遂げる力を与える」ことを使命と考え、進化を遂げている。
  • 「単に検索する」という考え方をやめて、「行動につながる洞察を発見する」という考えにシフトする。
  • 「知識によって人々に力を与える」ことを使命と考える。
  • 「深い洞察を持つ、価値の高い情報をユーザーに届ける」ことを使命と考えて製品開発を行い、毎日使う製品に検索を組み込むことで、「最高のエクスペリエンスを届ける」

 ●進化したアイデンティティ
  • 製品に「アイデンティティ」を表現し、製品と共に成長するデザインに仕上げるために、製品グラフィックUX(ユーザー・エクスペリエンス)のデザイナーたちと議論を重ねる。
  • 『Bing』が、従来の検索ページという枠を越えて進化していることを考慮し、製品のロードマップと整合性のとれた「ブランドビジョン」を再設計する。

 ●新しいロゴの開発
  • 「今までのロゴの問題点」を分析し、新しい「Microsoft」のアイデンティティも考慮した上で、モーションフォントカラーサイズフォームを何百通りも検討・検証を行う。
  • ワードマークは、「Microsoft」のコーポレート フォント『Segoe』をカスタマイズしたものを使用する。
  • カラーは、従来の『Bing』のロゴにあったオレンジ色のドットを残し、「Microsoft」のコーポレートロゴカラーパレットを取り入れる。
  • 「Microsoft」のデザインは、原則として、グリッド・レイアウトを採用しているため、新しい『Bing』のロゴをグリッドに重ね合わせると、レイアウトに揃い、一貫性のある角度・視線・バランスを保っている

 ●新しい検索ページ
  • 新しいロゴが完成した後、検索ページのデザインと共にUX(ユーザー・エクスペリエンス)の改良も実施。
  • タイポグラフィーは、「Microsoft」のアイデンティティとの一貫性、および、読みやすさと明瞭さの点より、『Segoe』を基本とする。
  • 新しい『Bing』ブランド・アイデンティティでは、10の際立つ色調を中心とした「Microsoft」のコア・カラーパレットを採用する。
  • 『Bing』では、主にオレンジと黄色、パレットの暖色に重点を置く。
  • 最も重要視するカラーは「Orange 124」で、明瞭、自信、温かさを連想させるこの基本パレットを選択する。
  • モーショングラフィック要素も開発し、『Bing』のシンボルを、光とインスピレーションのプリズムとしてデザインした、「サーチライトグラフィック」を考案する。

 ●未来のためのシステム
  • 新しい『Bing』アイデンティティは、使命と製品との親和性を維持しつつ、『Bing』を戦略的、かつ、視覚的に進化させることを可能にするブランド・アーキテクチャのシステムである。
  • 『Bing』は、単にWeb 上で青いリンクをたどってデータを提供するのではなく、「ユーザーの意思決定をサポートする明確な洞察を提供」する。
  • ユーザーが必要としているのは、情報に基づいて行動を起こし、「最終的に目的を成し遂げること」だと考える。
  • 「検索する」から「行動につながる洞察を発見する」にシフトする。
 ※以上、要約。


『Bing』と新しいロゴについて

『Bing』の新しいロゴは、今までの青を基調とした丸みを帯びたデザインから、シンプルかつ現実的で、直接的なデザインに生まれ変わりました。このように、デザインに込められた意図を知る事によって、「Microsoft」への理解も深まります。
ここ10年あまり、「Apple」や「Google」が注目を集めていますが、「Microsoft」『Bing』が、今後どのような戦略や動きをとっていくのか、注目していこうと思いました。

『フラットデザイン』について

『iOS7』をはじめ、「フラットデザイン」が注目されています。ここに来て、「Apple」「Microsoft」「Google」「YAHOO!」各社一斉にロゴUI(ユーザー・インターフェイス)をフラットデザインに切り替えました。その理由として「Apple」のジョナサン・アイヴは、「ユーザーが直感を必要とする操作に慣れたため、細部まで実物に近づけたデザイン(スキューモーフィック)である必要がなくなった」と述べています。

最初に「フラットデザイン」を目にした時には、チープに感じられるかもしれません。しかし、最低限必要な要素を明解に反映させたデザインは、次第に洗練されたものとして映るようになるでしょう。一見、デザインが簡単なものになったように感じるかもしれませんが、広く一般に浸透して使われる日常的なデザインは、交通標識等の例を挙げるまでもなく、特別なものであってはならないと思います。(装飾ではなく、デザインなので)
ここに来て「スキューモーフィック」から「フラット」への転換が図られた。それは一般に広く認知されたという事であり、そういった意味では「フラットデザイン」の採用は、ひとつの到達点と言えるのです。

デザインに限らず、表現はシンプルです。しかし、それはデザイナーだけの常識かも知れません。だから私は、物事をよりシンプルに表現し、伝えるための「フラットデザイン」が今後完全に定着していくのか、定着するのにどれだけの時間を要するのかを注視していきたいと思います。

「Bing」の特設のWebサイト。『Bing - The new Bing』
「Bing」の特設のWebサイト。『Bing - The new Bing』


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2013年9月4日水曜日

『アンドレアス・グルスキー展』:多様性の中で際立つ微妙な違い。それがグルスキーを特別な存在にしている。

『アンドレアス・グルスキー』展のポスターデザイン
国立新美術館で『アンドレアス・グルスキーを観てきました。アンドレアス・グルスキーはドイツの現代写真を代表する写真家で、世界中に多くのファンがいます。最近では、サザビーズでのオークション落札金額(約3億2,300万円)が話題になりました。写真に限らず、絵画や映画というものは、いくら印刷物やネットで作品を見ても、体感を得る事は出来ません。作品とは「情報として掴むのではなく、その作品を通じて体感を得なければならないもの」です。

グルスキーの写真は手前のものやメインのモチーフを際立たせるのではなく、大きなものから極小のものまですべてのものを均等に扱っています。より具体的に言うと、画面のすべてにピントがあっている状態です。写真や映画では「パン・フォーカス」と呼ばれるオーソドックスな手法ですが、実際にグルスキー自らが厳選した65点を観た時、今までに見たことのない独特の新たな視覚世界が広がっていました。

グルスキーの作品を観ると、まず日常において、ヒトの目はすべてを見ているわけではない、ということを強烈に感じます。観たいものだけを観て、聞きたいものだけを聞いているという事です。これは本能のようなものかもしれません。それ故に、すべてにピントが合っていることで逆に不安定な感覚をもたらし、時に不快さを伴うこともあったのでしょう。それでも作品に強く惹き付けられるのは、未だかつて見たことのない視覚世界を体感できるからです。

離れて観たり近づいて観たり、時にはかなり大きな作品でありながら細部までよく見えるため、つい近づきすぎてしまうのですが、そういった不安定さを掻き立てる効果を知っての事か、作品前の一定のラインを超えると音が出るようになっていました。

展覧会のキャッチコピーに「これは写真か?世界が認めたアーティスト、日本初の個展」とありますが、確かにこれは従来の写真の枠を超えたものであると考えます。大半のものは具象でしたが、時に抽象的な表現もあり、かなり加工されているため、純粋に写真としてではなく、絵画的に感じられる表現もある。抽象と具象、遠近の距離感といった相反する要素が混じり合う、斬新な表現であると感じました。勿論、そこには格段に進化した現代の写真加工技術が介在しているのですが、その使い方には独特のセンスがあり、それ故にグルスキーは「現代写真を代表する写真家」と呼ばれているのだと思います。

写真の加工や補正にも現在は豊富なバリエーションがあり、日常でそういった作品や印刷物、製品などに触れる機会も増えています。手近なところで言えば無数にリリースされているiPhoneなどの写真アプリのバリエーションに代表されますが、そのような写真を見慣れた今だからこそ、グルスキーの写真を体験するというのは、有意義な体験となります。一見無秩序にすら思える写真加工技術の大海にあって、確かに他とは違う際立った何か、センスや技術を体感すること。その他大勢とグルスキーの間にある圧倒的に見えて、非常に微妙な差異、それこそがグルスキーであり、その差異が彼を「現代写真を代表する写真家」にしているのです。

アンドレアス・グルスキー展の『カミオカンデ』
撮影可能エリアに展示された『カミオカンデ』。

『アンドレアス・グルスキー展』は、
東京展 : 2013年 7/3 ~ 9/16日(国立新美術館)
大阪展 : 2014年 2/1 ~ 5/11日(国立国際美術館)
で開催されています。

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2013年8月26日月曜日

グラフィックデザイン事務所『DESIGN+SLIM』:Webサイトリニューアルのお知らせ



グラフィックデザイン事務所『DESIGN+SLIM』のWebサイトをリニューアルしました。このサイトは「グラフィックデザイナー 松利江子のデザインポートフォリオ」です。すべてではありませんが、制作物をカテゴリー別に分類し、参照しやすい形で掲載しております。新しいサイトをぜひご訪問くださいませ。



グラフィックデザインの制作実績
グラフィックデザインの制作実績。


ブックデザインの制作実績
ブックデザインの制作実績。


エディトリアルデザインの制作実績
エディトリアルデザインの制作実績。





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2013年8月2日金曜日

『レオ・レオニ 絵本のしごと』:技法の宝庫・手法や素材は主題に依存する。

『レオ・レオニ 絵本のしごと』ポスター
Bunkamura ザ・ミュージアムにて、『レオ・レオニ 絵本のしごと』展を観てきました。会場はそれぞれの絵本のキャラクターとエピソードの特性から、4章に分類され展示されています。印刷された絵本と比較すると原画は発色も良いので、オリジナルはこのような絵だったのかと印象新たにしました。

『レオ・レオニ 絵本のしごと』
 第Ⅰ章 個性を生かして ちょっぴりかわり者のはなし
 第Ⅱ章 自分は自分 みんなとちがうことは すばらしいこと
 第Ⅲ章 自分を見失って よくばりすぎはよくないはなし
 第Ⅳ章 知恵と勇気 小さなかしこいゆう者たちのはなし

グラフィックデザイナーとして第一線で活躍していたレオ・レオニが絵本の制作を始めたのは49歳になってからでした。絵本としては教科書に採用されている『スイミー』が有名ですが、アートディレクターとして有名クライアントの広告や雑誌の制作に携わっています。また、画家、彫刻家としても活動していました。

レオ・レオニの絵本は抜群の構成力と色彩の魅力で、心の動きや感情の機微を読者に伝える事に秀でています。そのような効果を獲得している作風は、前衛的なグラフィックデザインの仕事で培われてきた技法や経験がベースにあります。またページをめくる度に感じる心地よい流れとインパクトは、絵本というメディアならではの魅力と言えるでしょう。

特筆すべきはキャラクターが持つ魅力です。
『フレデリック』など、街中で時々見かける可愛らしいレオ・レオニ作品のキャラクターの中には、1960年代に制作されたものもあります。半世紀ほど経った今でも魅力的で色褪せないキャラクターは、世界的にもそれほど多くはないでしょう。

また、多くの人が共感するであろうストーリーも出色の出来です。
レオ・レオニの人生観が反映されたストーリーや、自己、個性を重んじる普遍的な主題は、誰もが自分と重ね合わせてしまいます。社会的背景として、「ベトナム戦争」や「ベルリンの壁崩壊」などに対するメッセージを扱った作品(『あいうえおのき』『どうするティリー?』)もありますが、世の中や生活が大きく変わっても、ヒトの感情はそれほど大きく変わることはないですからね。

今回、原画を観て強く印象に残ったのは、画材と技法のバリエーションの豊富さです。レオ・レオニは「ストーリーに最も相応しい手法を使おうと努めている」と述べていましたが、油彩、水彩、クレヨン、色鉛筆、鉛筆、パステル、カラーインク、コラージュなど、ストーリーに合わせて最良の選択をする、その引き出しの数が実に豊富なのです。

色鉛筆ひとつをとってみても、細密、線描、クロスハッチングなど、画材の特性を活かして巧みにその技法を使い分けています。伝えたいことをどの技法で表現するのがベストか、常に考え抜いてきた現れともいえるでしょう。そしてそのどれもが、これ以外の選択は考えられないというほどのクオリティで表現されているのです。

今回の展覧会を観て、「キャラクターの魅力」「ストーリーの共感」「絵が持つ力」それらすべてが合わさるのは、奇跡とも言える成功なのではないかと感じました。そのすべてが見事に揃ったからこそ、レオ・レオニの絵本は、世界中で半世紀以上経った今でも、心に深く刻まれ続ける作品となったのでしょう。

『レオ・レオニ 絵本のしごと』図録
同展覧会の図録。アートディレクションは菊地敦己氏。

『レオ・レオニ 絵本のしごと』展は、
 8/4日(日)まで開催されています。

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2013年6月26日水曜日

『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』:束縛と自由。強烈な目的意識と奔放さを併せ持つ事がインパクトを生む。

展覧会『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』
ギンザ・グラフィック・ギャラリーにて、ロンドンのデザインスタジオ「ホワイ・ノット・アソシエイツ」の展覧会『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』を観てきました。スタジオ設立から25年、日本では20年ぶりの展覧会開催です。

「ホワイ・ノット・アソシエイツ」は、「ロイヤル・カレッジ・オブ・アート」の同級生である「アンディ・アルトマン」「デイヴィッド・エリス」「ハワード・グリーンホルグ」が、卒業と同時に立ち上げたスタジオです。どこにも属することなくスタートさせたこのスタジオの作品は、とにかく「自由」であることを強く感じさせます。

「タイポグラフィの旗手」と呼ばれるだけあり、タイポグラフィ作品にはとりわけ定評があります。
展示作品の中には、ひとつの単語内で「ボールド」と「ライトイタリック」を使っているものがありました。私は母国語でないテキストを扱う際に慎重になりますが、このような自由を目の当たりにするとちょっと楽しい気分になります。「正解」や「不正解」を超えたものは、自由を感じさせるからでしょう。

『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』

タイポグラフィ以外の作品や、「テート・モダン」のポスターデザインにも同様のこと感じました。
例えば「フランシス・ベーコン展」のポスターに、かなり丸みを帯びたユニークなフォントを用いたり、「ヘンリー・ムーア展」では彫刻を黒い背景に赤いライトを当てて撮影したりしています。モチーフを考えると一見あり得ないようなデザインでも「ホワイ・ノット・アソシエイツ」ならありにしてしまえるし、このようなアプローチがあるのかと逆に驚きと新鮮さを覚えます。

そういった伝統的なグラフィックデザインとは一線を画した作品群は常に想像を超えるもので、インパクトがあり、深く印象づけるものとなっていました。マフィアの言葉に「目的はすべての法に優先する」という言葉があります。「ホワイ・ノット・アソシエイツ」のデザインもまた目的達成の為に真摯にヴィジョンの形成を求めるあまり、結果として定型を越えてしまう。その目的意識の強烈さがインパクトを獲得しているのかもしれません。優等生ではなく、ギャングのようなやんちゃな個性を存分に発揮しながらも、クライアントに「BBC」「ヴァージン・レコード」「ナイキ」「ポール・スミス」「ポンピドゥー・センター」「英国王立芸術院」など、名立たる企業やブランド、文化施設が名を連ねるのは、そのようなデザインの力(まさにPowerですね)を充分に理解してのことでしょう。

会場では「デヴィッド・ボウイ」や「セックス・ピストルズ」などのブリティッシュ・ロックが流れ、ありきたりの「アイディア」や「手法」に反発しているようにも感じました。どの作品も非常にハイクオリティで、賞賛すると同時に悔しくもあります。デザインという決められた枠組みの中でも、時には自由に振る舞うことの大切さを再認識させてくれる展覧会でした。
「目的はすべての法に優先する」
要は優先順位を誤るな、という事かもしれません。
一見、自由奔放に見えて、やるべき事は誰よりも把握出来ている。
そんなしたたかさ、奔放さはこの展覧会のタイトルや展示手法にも表れています。
そして何よりスタジオ名にも。

『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』ポスター
同展覧会のポスター。

『Why Not Associates - We Never Had a Plan So Nothing Could Go Wrong 予定は失敗のもと。未定は成功のもと。』展は、6/29日(土)まで開催されています。

前回観た『ギンザ・クラフィック・ギャラリー』の記事はこちら

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